司令部やグローバル企業での対策本部運営の経験を活かしたノウハウ。

 大規模災害を始めとする各種危機に組織として適切に対処するためには、危機や有事に特化した意思決定機能などを可能とするそれようの組織が必要です。そのような組織は“対策本部”、“Crisis Management Team”などいろいろな名称がありますが、要は様々な目的(社員等の安全を確保する、速やかに事業を復旧する、など)達成のために、情報活動をして意思決定するための組織であり、対応の核となる組織です(ここでは、危機や有事の際の意思決定組織を「対策本部」と呼称します。)。通常、対策本部の長にはその組織の最高決定権者がつきます。例えば、政府であれば南海トラフ地震の対策本部長には内閣総理大臣が就く、といった具合です。

 いうまでもなく対策本部は危機や有事に適応した組織であるべきですが、危機や有事は頻繁に起こるものではなくなかなか経験することがないことから、その構築や運用などには特異なノウハウを必要とする場合が多いと思います。

 ここでは、主に甚大な被害が予想される首都直下型地震や南海トラフ巨大地震などを想定した企業向け災害・BCP対策本部の運営等について説明します。

 ちなみに、自衛隊、特に陸上自衛隊は、通信インフラはもちろん、上水道などのライフラインのインフラが全くないところでも自前で必要なインフラを構築して作戦行動できるように設計されています。災害派遣での自衛隊の入浴セットや炊事車、給水車はおなじみになっていると思いますが、自前でインフラ機能をもつことは、自衛隊が災害派遣に強い理由の一つになっています。

 これに加え、警察・消防にはない自衛隊や米軍の特徴として、指揮機関(司令部)を現場に展開して高度な指揮活動ができる、ということも挙げられます。基地などの拠点から出て現場に、指揮官の意思決定をサポートする非常に高度な各種システムを備えた指揮機関を展開して電気、通信など自前のインフラを使用し、大規模・複雑な現代戦の指揮を遂行できるように設計されています。災害派遣での高度な指揮機能の展開能力は自衛隊が災害派遣に強い理由の一つです。

1.危機、有事対応の特性

 一言で危機、有事といってもその様態が千差万別であり、対応する組織の観点が異なると、平時と比較した場合の危機、有事対応の特性も大きく異なってきますが、まずは、危機、有事対応の一般的な特性について列挙します。

  • 特に初動段階では迅速な意思決定が求められる。
  • 全般的、相対的に時間がない。
  • 権限の集中と分限のバランスをとる必要がある。
  • 情報も含めた意思決定のためのリソース(各種資料、相談相手等)が非常に限られる。
  • 対応を誤った場合のダメージが非常に大きい。取り返しがつかない事態に陥る場合もある。 など。

 これらの特性を踏まえて、対策本部を構築し運営する必要がありますが、防災計画、BCPやマニュアルなどに意思決定フローやいわゆる“プランB”などをあらかじめ載せておくことは、これらの特性を克服するための手段となります。

 対策本部の構成、立ち上げなどについて見ていきましょう。

2.対策本部の構成

  • 🔷対策本部長:最高責任者
  • 🔷各部門等の長及び長を補佐する要員:

 それぞれ所掌する責任分野の移送決定、または責任分野にかかる事項についての最高責任者の意思決定を補佐します。

  • 🔷情報セクション:

・兼務でも構いませんので、情報収集情報収集・分析・評価・配布を行う専属のセクションをも設けましょう。 情報収集・分析・評価・配布の目的は、意思決定を支援する以外にも様々な目的達成に寄与するでしょう。

・情報収集等は各部門で行うこともできますが、「A」という情報が複数の部門に関係することもあります。むしろ複数の部署に関係する情報の方が多いでしょう。専属部署を設けて行う方が効率的です。一元的に情報を管理することで錯誤も極限できます。

  • 🔷 IT、コミュニケーション要員:

 危機においてコミュニケーションは非常に重要です。各部門等の長及び長を補佐する要員と被るかもしれませんが、対策本部自体の運営といった観点からも、IT、コミュニケーション要員を充実させておくとよいと思います。

🔷上記に加えて支援する要員を加えることができればよいでしょう。

  • 🔷記録要員:貴重な教訓を得て爾後の危機などに活かすことは非常に重要です。米軍などでは、特に教訓収集を重視し、実戦であってもある程度の大部隊には教訓収集専門の将校を配置するほどです。記録専門の要員を配置することも検討してください。

・対策本部運営要員:ロジ面で支援できる要員。

3.対策本部の設置場所・装備、リモートの場合は?

・対策本部活動の場として、オンラインによるリモートも考えられますが、極力会議室などに集まって対面で活動することをお勧めします。活動が開始されると、いろいろなレベルの情報なども集約でき、各種の情報に触れることにより意思決定も容易になるからです。ホワイトボードなどに書き込まれた手書きの処理されていない1次情報もも有用です。もちろん、安全上の理由により自宅などから会議室に到達できない場合はやむを得ません。安全第一です。

・危機、有事対応の特性の一つである情報の不足、欠如を克服するためにも、対策本部の設置場所(以下「対策本部室」とします。)には情報収集のための機材を設置できように備えておきましょう。テレビ、ラジオそれらを動かすための電源など。衛星通信であるスターリンクがあれば百人力です。情報共有のためのプロジェクター、ホワイトボードなども重要なアイテムです。

・ほとんどのオフィスピルには非常用発電機などが設置されていますが、テナントの場合、ビル管理会社などとの別途契約などにより対策本部を稼働させるだけの電源を確保できることが多いと思います。供給電力を対策本部での使用電力を計算し、足りない場合はポータル電源を備えることを検討しましょう。

・対策本部室において効率的に活動するためには、レイアウトが非常に重要です。対策本部内の情報共有や調整が容易になるように各セクションの位置、スクリーンの位置、ホワイトボードの数、位置、対策本部長の定位置などを考えましょう。レイアウトはあらかじめ防災計画やBCP、マニュアル、SOPなどに掲載しておき、対策本部員間で周知を図りましょう。

・発災後、対策本部員も自分とご家族の安全を確保することが最優先ですので、安全に対策本部室に到達することができない場合は自宅等で活動することになるでしょう。首都直下型地震や南海トラフ巨大地震では、通信インフラが機能しないことが想定されていますので、イリジウム等衛星電話を貸与されている対策本部要員も多いのではないでしょうか。通常の衛星携帯電は一部データ通信可能な衛星電話もありますが、音声が主な通信手段となり、情報、調整などの可能度は、対策本部室での活動に比して非常に限定されることを覚悟しておいてください。しかも、自宅にアンテナを設置していない限り衛星をとらえることができる野外で通信しなければなりませんので、コミュニケーションの主体が同じ被災地にいる限り(スターリンクなどを設置していない場合)、使い勝手も非常に悪いといえるでしょう。

・その点、スターリンクを自宅に備え付けておけば通信環境は劇的に改善されます。ただし、合わせてアンテナの設置と発電機も必要となります。

〈災害対策本部イメージ〉

4.対策本部要員の参集、危機事態の宣言等

🔷対策本部の参集、組織化

・発災時に対策本部要員が社内にいる場合、要員が対策本部室などに参集しすぐに活動に入ることは比較的容易でしょう。しかし、夜間、休日などに首都直下型地震が南海トラフ地震が発生した場合は、対策本部を組織化すること自体が困難になります。被害想定をもとに自宅から対策本部の距離や経路などを検討し、あらかじめ段取りを決めて防災計画やBCPなどに明記しておきましょう。

・首都直下型地震が南海トラフ地震が発生した場合、まさに対策本部要員がコミュニケーションをとりたい時に通信インフラが全く機能しない可能性が高いです。夜間、休日などに発災した場合、対策本部要員間の意思の疎通は非常に難しくことを覚悟しておいてください。衛星携帯電話を使用できたとしても使い勝手は通常の携帯電話に遠く及ばす、事前にルールを定めておく必要があります。

例えば、、、

-衛星電話でコミュニケーションするためには衛星をとらえる必要があります。すなわち、自宅にアンテナを設置するか空を見通せる野外にいるかです。通信インフラが機能しない被災地の自宅間でコミュニケーションしようと思えば、双方がタイミングを合わせて空を見通せる野外にでなければなりません。発災後xx分後までにSMSで通話のための調整メッセージを誰が誰に送る、などのルールを定めておく必要があります。

-イリジウム等の衛星電話では基本的に2台以上の同時通話はできません。誰が誰に連絡をして、何を決める、何を共有する、など事前にルール化しておくとよいでしょう。(本年2025年、KDDIが日本でもiPhoneでスターリンクを利用できるサービスを開始しましたが、運用初年度の機能は限定されているようです。)

🔷危機事態の宣言

・組織によって異なりますが、危機、有事にはそれらに応じた特別の体制になるのが一般的です。例えば、社内で普段ルール化されている決済プロセスではなく、対策本部から調整等抜きで直ちに指示がでる決済プロセスに移行、などです。そのような体制に移行する、したことを宣言する必要があります。

・危機や有事事態の基準、宣言する権限を有するもの(及び代行者)、宣言の手段などをあらかじめ決めておきましょう。

🔷指揮の継承、代行者の指定

・対策本部要員のなかでも、特に最高意思決定者(CEO等)などの中核となる要員の代行者を複数指定しておきましょう。

・“xxまでにコミュニケーションが取れない場合”などの条件とともに、代行者の連絡先などを共有しておきましょう。第1項で述べた通り、特に初動段階では迅速な意思決定が求められます。対策本部でも各レベルで迅速な意思決定が求められます。意思決定を機能させるためにもスムーズな指揮の継承が必要です。

5.対策本部を組織的・有機的に運営するために

🔷目的、目標の共有

 対策本部をバラバラではなく組織的・有機的に運営するには、対策本部内で対処の大目的、大目標を共有する必要があります。防災計画やBCPをすでに策定済みであれば方針などとして明記されている場合がほとんどでしょう。ピントのずれた活動をさけるために、対策本部室の目立つ場所に掲示しておくとよいかもしれません。

🔷その時々の業務の焦点

・首都直下型地震や南海トラフ巨大地震などへの対応は1,2日で終わることなく数週間、数か月続くことが予想されます。フェイズを設定して、フェイズごとの業務の焦点(フェイズの目標)を明確にして対策本部内で共有するとよいでしょう。

・例えば、発災から3日までを“フェイズ1”として、フェイズ1の目標を、“安否確認”、“状況把握”、“安全確保措置”などとし共有すると組織としての方向性を統一することができます。ただし、フェイズ1で事業継続にかかる業務をするな、ということではなく、あくまでそのフェイズでの対策本部全体としての優先順をつけるものです。事業継続に責任をもつ部署で安否確認にあまり関係しない要員が事業継続のための業務をするといったことは自然なことです。

・フェイズごとの業務の焦点(フェイズの目標)を示し共有することにより、例えば情報収集活動においては目標に関係する情報を収集するようになる、など活動に統一性を持たたせることができます。

・情報収集活動においては、フェイズごとの目標におうじた情報収集項目リストなどのようなものを作成しておくと、なおよいでしょう。首都直下型地震においては東京東部での大火災が懸念されていますが、「xx区の火災状況」「xx区における社員の状況」といったものが情報収集項目となります。

🔷情報共有の工夫

 対策本部内で情報共有することの重要性は論を待ちませんが、バタバタ忙しい中での情報共有は容易でないと思います。意識して組織に応じた情報共有の要領を工夫しましょう。クロノロジーに含ませる、などですクロノロジーは正面スクリーンに常に表示しておくなどは基本です。防災計画やBCP、あるいはマニュアル、SOPにクロノロジーのフォーマットなどを掲載しておくと、有事にスムーズに取り掛かることができるでしょう。

 ちなみに米軍などは司令部内の情報共有要領を非常に重視しており、実戦や大規模演習などの教訓を踏まえ、相当程度のリソースを使って日々向上の努力を重ねています。

 災害・海外リスク総研は、事業継続(BCP/BCM)コンサルティングと防災コンサルティングを専門としております。防衛省・自衛隊での戦略レベルからイラクを含む第1線の各種ポジションにおいて海外でのセキュリティや危機管理に関わるとともに、コンサルタント会社において実際に数多くの海外安全やパンデミック対応(計画・体制構築)に携わってきた経験豊富なコンサルタントが、企業様を強力にサポートいたします。