災害等の危機において対処の要となる対策本部は、さまざまな意思決定を行わなければなりません。いわゆるインフォメーションを分析・評価などして処理した情報であるインテリジェンスは、意思決定の大きな助けとなります。危機の中においては、その時間的制約や情報リソースの不足などにより意思決定に必要な情報は十分でない場合が多いですが、その中で適時に適切な意思決定をおこなわなければなりません。

 特に、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震では、通信インフラや電力インフラが大きな損害を受けることにより大規模な通信障害が想定されています(下表 「首都直下型地震におけるインフラの被害想定概要」)。このような未曽有の災害時こそ対策本部などの判断や行動の必要性が増大しますが、いわば暗闇の中で判断や行動せざるを得ない、といった状況になるでしょう。

表 「首都直下型地震におけるインフラの被害想定概要」

  

 首都直下型地震や南海トラフ巨大地震のような状況では、通信インフラに依拠しない衛星通信は大きな味方となりますが、近年、米国のスペースx社が提供するスターリンクにより、衛星通信の使い勝手も飛躍的に向上しています。国家予算を使用して軍などが構築している衛星通信網と比較しても遜色のない通信スピードと容量が安価なコストで手に入るようになりました。

  2011年の東日本大震災当時に比較して、行政などからの災害情報の発信についても質・量ともに飛躍的に向上しています。例えば、東京都の場合、東京都の公式HPやxなどから一昔前とは比べられないような質と量の情報発信が行われています。東京都のサイトや東京都が発信するSNS情報などを通じて避難所や給水所の位置・開設状況、道路状況、医療機関の状況、ライフラインの状況などなど色々な情報の入手が可能となります。   スターリンクは、地上の通信インフラの破損状況に関わらす、これら情報への安定的なアクセスを可能とします。これらの情報は、食料や水の配布量や配布要領を決定したり、あとに述べる帰宅希望者対応の判断や、傷病者を搬送する際にも非常に有用な情報となります。

  ここでは、革命的ともいえるスターリンク衛星通信について説明します。(スターリンクなどを活用した情報活動については別に説明します。)

1.スターリンクとは?

 米国のSpaceX社が提供する衛星通信サービスです。自社で低軌道上に多くの衛星を打ち上げることにより、高速・低遅延のブロードバンドインターネットサービスを実現しています。多数の通信衛星を運用していますので衛星をとらえやすいといったメリットもあります。

 また、高頻度で衛星を打ち上げており信頼性も高いといえるでしょう。ちなみに、中東UEAのThuraya Telecommunications Company社が提供する衛星電話サービス、スラヤは比較的安価でなじみのあるサービスだったと思いますが、アジア太平洋地域をカバーする通信衛星の故障のため、2024年8月から日本でのサービスが停止されています。

 

2.スターリンクの構成・性能

・スターリンクは、衛星をとらえるためのアンテナ、WiFiルーター、専用ケーブルなどから構成されます。アンテナ、ルーターともに電源が必要です。尚、WiFiルーターをもとにアクセスポイントなどを設けることにより、使用できる範囲を広げることもできます。対策本部室以外、例えば隣接した会議室に各事業部の作業室などを設ける場合などはアクセスポイントが必要になるでしょう。

以下は性能です。

ーダウンロード速度(下り)158Mbps - 246Mbps

―アップロード速度(上り)16Mbps - 32Mbps

―遅延 37ms - 55ms

ー同時に約120端末の接続が可能

・データ量は契約等によります。KDDIの場合、月毎に使用データ量が決められていて、一定のデータ量を超えると、速度が遅くなるか使用できなくなります。(プロバイダーに確認してください。)

3.こんなに役立つ!スターリンクの運用

 スターリンクにより、通信インフラが機能しない場合でも平時と同じような高速ブロードバンドインターネットが使用できます。スターリンクを活用することによりBCP上も優位に立つことができるでしょう。ここでは運用例について説明します。

運用イメージ図

🔷安否確認

 通信は、送り手と受け手の双方の手段が機能して初めて成り立ちます。被害のある地域内で通信を行う場合、送り手と受け手双方機能しない可能性があるわけですから、さらに通じにくくなります。特に南海トラフ地震の被害は非常に広い範囲に及ぶことが想定されていますので、通信も非常に困難になるでしょう。被害のある地域内であっても片方の通信が確立されていば、通じる可能性が高まります。

 安否確認システムを導入している場合、自動集計などの便利な機能がついている場合がほとんどですので、それらの機能を享受することもできます。

🔷帰宅困難者対応

・ビジネスアワーに発災した場合、多くの社員は最低3日期間は事業所などに留まることを求められます。

・対策本部には、適切な水・食料、携帯トイレなどの配布や、健康管理、傷病者対応、帰宅支援など様々がタスクが発生します。スターリンクにより適切な情報活動を行うことにより、これらのタスク遂行が可能になります。

・例えば、水・食料、携帯トイレなどの配布。様々な状況を予想して尽きることの無いように、適切な量を配布しなければなりません。例えば、会社の周辺地域の給水所の開設状況は水の配布に影響しますし、鉄道の運休状況、運転再開見込み情報などは、何人が何日間帰宅することができなくなるか、などを判断する際に重要な情報です。

・帰宅困難者対応については、サイト内別ページで詳しく説明しています。下記ボタンからご確認ください。

🔷 情報収集

スターリンクにより、通信インフラがダウンしている状況でも完璧な情報活動!

・危機対応で何をするかによって収集すべき情報は変わってきます。社員等の安全措置をとる段階であれば、安全措置のための情報が必要です。例えば、余震があるのか、火事等危険な地域はどこか、津波の状況は。などです。会社として帰宅の可否を判断するであれば、道路の状況、帰宅支援ステーションの状況などが情報収集の対象となるでしょう。事業継続のための情報についても異なる観点が必要です。詳しくは下記のボタンから「災害時の情報収集・処理」をご覧ください。

・スターリンクにより安定した情報収集手段を確保できていることになりますので、情報に関する計画も策定しやすくなります。防災計画やBCPに定めた活動に応じて、情報計画を作成し防災計画やBCPに含ませておくと、いざという時にスムーズな情報活動が可能になります。

・災害時にはいわゆるフェイク情報が溢れる可能性もあります。公的機関から発出される情報だけで十分目的を達成できる場合が多いですので、公的機関など信頼できるソースからの情報を使用するようにしましょう。フェイクサイトが出てくる可能性もありますのでURLにも注意してください。

🔷 関係者とのコミュニケーション

・危機発生時には主導的にコミュニケーションを強化する必要があります。コミュニケーションの所要自体も好むと好まざるとにかかわらず増加するでしょう。オンライン上で高度なコミュニケーションが可能となっている昨今、特にスターリンクは強力なツールとなるでしょう。

・国内に支店を有している企業や、国外に拠点があるグローバル企業、本部がある外資グローバル企業などでは、報告、調整などのため多大なコミュニケーション所要が発生するのが一般的です。スターリンクは同時に100以上の端末を使用できるなど、これら同時複数のオンライン会議などのニーズにも対応できます。

・マイクロソフトのチームズを使用する、など危機発生時に会議プロトコールを事前に定めておくとよいでしょう。

・危機発生時にコミュニケーション所要が増大することは避けられませんが、各レベルで無駄なコミュニケーションを極力避けるようにしましょう。状況が変化していないにも関わらず、危機対応で忙しい最中に上級レベルから何度何度も報告を求められることは、貴重な時間の無駄になりなねませんし、感情的な対立を生み出す可能性すらあります。非常に重要なマナーともいえますが、マナーに留まらすルール化してもよいと思います。

🔷部内、部外コミュニケーション、IR等

・危機発生時に、部内外に積極的に情報を発信することは非常に重要です。

・部内コミュニケーション:経営陣から社員・ご家族などに向けて積極的に情報発信を行いましょう。メールや災害用掲示板を立ち上げてメッセージを掲示することも一案です。通信障害の間、社員は見ることができないかもしれませんが、いつか必ず目にすることになると思います。

・部外へのコミュニケーションも充実させましょう。企業の公式HPなどに消費者やコミュニティに対するメッセージなどを掲示するとよいでしょう。これらもスターリンクにより安定的に実施することができます。

🔷ご家族との連絡を支援

・発災後、出社している社員等が行いたいことは、ご家族の無事を確認したり、自分の無事をご家族に知らせるといったことではないでしょうか。首都直下型地震や南海トラフ巨大地震では通信インフラが機能しないことが想定されています。伝言ダイヤル等(音声及びインターネット)の利用も困難になる可能性もあります。

・そういった状況下では、スターリンクを利用した通信は大きな助けとなります。スターリンク導入目的や使用目的は対策本部での活動が主なものになる場合が多いと思いますが、スターリンクは多くの端末で同時に通信できる容量を有しています。例えば、一人1日5分といったルールを定めれば、対策本部の活動を阻害することなく社員等が通信を行うことも可能です。

4. スターリンクの入手、設置・運用のコスト

  スターリンクの入手については、スペースx社から直接購入する、KDDIなどの日本の代理店から購入するなど複数の方法があります。

🔷スペースX社からの直接購入、設置

・スペースX社からの直接購入はオンライン上で行われます。個人用とビジネス用のサービスがあり、個人用であれば非常に安価で購入できます。公式HPのキャッチコピーでは「価格は月額¥6,500から、ハードウエアの初期費用¥34,800」と謳われています(2025年9月現在)。

・設置は基本的に自ら行います。通信衛星をとらえるため使用時はアンテナを野外に設置する必要がありますが、複雑なアンテナ設置工事など必要ない場合は問題ないでしょう。普段は、倉庫などに格納しておき有事の際に展開する、といった使い方ができるのであれば魅力的なオプションになると思います。

・メンテナンスや不具合時の対応は限定的、または期待できないかもしれません。

スターリンク公式HP(日本語):https://www.starlink.com/jp

🔷 代理店からの購入

・日本では、KDDI,ソフトバンク、NTTなどが公式代理店がサービスを提供しています。一般的には、スターリンクの機材を購入し、月額料金を支払って運用する、といった形態になります。

・コストは、スペースX社からの直接購入するより高くなりますが、購入後も様々なサービスを受けることができるのが特徴です。各社ビジネスプランの中でいろいろなオプションを準備しています。必要であれば確認してみましょう。

・大規模なオフィスビルの中の部屋にルーターを設置してスターリンクのインターネットを使用する際、ほとんどの場合屋上にアンテナを設置しなければならいないでしょう。屋上での電源の確保、アンテナから当該の部屋までの配線等工事をする必要があります。代理店は工事を手配してくれる場合が多いですが、専用のケーブルの長さには制限があり、制限を超えると専用ケーブルの入手が難しくなることもあるようです。スターリンクの普及が進むと汎用ケーブルがでてくるかもしれません。

 災害・海外リスク総研は、事業継続(BCP/BCM)コンサルティングと防災コンサルティングを専門としております。防衛省・自衛隊での戦略レベルからイラクを含む第1線の各種ポジションにおいて海外でのセキュリティや危機管理に関わるとともに、コンサルタント会社において実際に数多くの海外安全やパンデミック対応(計画・体制構築)に携わってきた経験豊富なコンサルタントが、企業様を強力にサポートいたします。